ADHDと記憶力の関係をわかりやすく解説します
ADHD(注意欠如・多動症)は、「不注意」「多動性」「衝動性」を特徴とする神経発達症であり、集中しづらい・じっとしていられないといった症状がよく知られています。
一方で、あまり知られていないものの、多くの方が悩まれるのが「記憶」に関する困りごとです。
ここでいう「記憶の問題」は、いわゆる「もの覚えが悪い」「頭が悪い」という意味ではなく、「注意の弱さや、情報を一時的に保持する力(ワーキングメモリ)の弱さ」が背景にあることが分かっています。
このコラムでは、ADHDと記憶力の関係をわかりやすく解説したうえで、仕事や学校生活、日常生活で実践しやすい具体的な対処法をご紹介します。
ADHDと記憶力の特徴

ADHDで起こりやすい「記憶のつまずき」
ADHDの方にしばしばみられる記憶の特徴は、次のようなものです。
- 話を聞いた直後でも、内容をすぐに忘れてしまう
- 仕事や勉強の手順を途中で見失ってしまう
- 頭の中で複数の情報を同時に扱うのが苦手
- 約束や締切、持ち物を忘れやすい
これらは、単純に「記憶力が低い」というよりも、「注意がそれやすい」「情報を一時的に保持しておく力が弱い」ことが原因と考えられています。
特に、次のような場面で困りごととして現れやすくなります。
- 上司や先生から、口頭でいくつも指示を受けたとき
- 会議・授業中にメモをとらずに話を聞いているとき
- 家事や育児で「ながら作業」をしているとき
「さぼっている」「やる気がない」のではなく、脳の働き方の特性によるものだと理解することが大切です。
ワーキングメモリとは?(頭の中のメモ帳)
ADHDと記憶力の関係を考えるうえで重要なのが、「ワーキングメモリ(作業記憶)」です。
ワーキングメモリとは、「短いあいだ情報を覚えながら、その情報を使って作業する力」で、よく「頭の中のメモ帳」にたとえられます。
- 電話番号を聞いて、メモ帳に書き写すまで覚えておく
- 心の中で暗算をするとき、途中の計算結果を保持しておく
- 読書や会話で、前後の内容をつなげて理解する
ADHDの方では、このワーキングメモリの容量が少なかったり、注意がそれることで情報がすぐに抜け落ちてしまったりしやすいことが、研究からも示されています。
そのため、「聞いていない」のではなく、「聞いたけれど頭の中にとどめておけなかった」という状態になりやすいのです。
8歳前後の子どもに見られやすい記憶の問題
学童期(特に8歳前後)の子どもでは、次のような形で現れることがよくあります。
- 宿題の内容を聞いても、家に帰るころには忘れてしまう
- 教科書・ノート・文房具などの持ち物を頻繁に忘れる
- 授業中の複数の指示(「ノートを開いて、日付を書いて、問題1〜3を解く」など)を覚えきれない
- 算数の文章題で、途中の条件や数字を忘れてしまう
これらは、本人の努力不足ではなく、「注意」「ワーキングメモリ」「情報処理のスピード」など、脳の機能の特性によって起こるものです。
適切な支援や環境調整を行うことで、学習や生活の負担を大きく減らすことができます。
ADHDと記憶力の関係に関する主な研究知見
ADHDと記憶の関係については、国内外で多くの研究が行われています。
- ADHDでは、ワーキングメモリや注意のネットワークに関わる前頭前野の働きが弱くなりやすいことが報告されています。
- 即時記憶(ごく短時間の記憶)や、情報の更新・整理を行う機能が影響を受けやすいとされています。
- ADHDとASD(自閉スペクトラム症)などの発達症が併存する場合、記憶の偏りや情報処理の特性が複雑になり、日常場面での困難が増すことがあります。
また、薬物療法(中枢刺激薬など)によって注意機能が改善されると、一部の記憶機能(特にワーキングメモリ)が向上することが示された研究もあります。
一方で、「全ての記憶の問題が薬だけで解決するわけではない」ことも指摘されており、環境調整・心理社会的支援との組み合わせが重要とされています。
ADHDによる記憶の困りごとへの具体的対処法

ここからは、日常生活・仕事・学習場面でできる、実践的な対処法をご紹介します。
記憶を「鍛える」より「仕組みで補う」
ADHDの方にとっては、「記憶力そのものを鍛える」取り組みよりも、「覚えなくてよい仕組みを作る」ことの方が現実的で効果的な場合が多くあります。
- 覚えようとせず、とにかくメモに残す
- 頭の中ではなく、紙やアプリに「外部保存」する
- タスクを細かく分けて、チェックリストにする
- 予定や締切は、その場でカレンダーに入力する
このように、「記憶の弱さ」を責めるのではなく、「忘れても大丈夫な仕組み」を作ることが大切です。
仕事場面で役立つ記憶サポートのテクニック
仕事でのミスや「言われたことを忘れてしまう」悩みがある場合、次のようなテクニックが役立ちます。
- 口頭指示は必ず復唱しながらメモを取る
- 1つの大きな仕事を、小さなステップに分解してToDoリストにする
- 締切・会議・面談などは、すぐにカレンダーアプリに入力し、リマインダーを設定する
- ポモドーロ・テクニック(25分集中+5分休憩など)で時間を区切る
表にまとめると、次のようになります。
| 場面 | よくある困りごと | おすすめの工夫 |
|---|---|---|
| 上司の口頭指示 | 内容をすぐに忘れてしまう | 復唱+メモ、指示をメールで再確認 |
| 同時並行の業務 | 何から手をつければよいか分からない | タスクの優先順位づけ・見える化 |
| 会議・打ち合わせ | 決定事項・宿題を覚えられない | 議事メモ作成、タスクをその場で入力 |
| 締切管理 | 提出や報告を忘れてしまう | カレンダーとアラームの活用 |
「覚えておこう」と思った瞬間に、その情報を外部に移す(書く・入力する)ことを習慣化すると、ストレスが大きく減る方が多くいらっしゃいます。
ルーチン化と視覚化で「覚えなくてもできる」状態にする
ADHDの方の記憶をサポートするうえで、とても効果的なのが「ルーチン化」と「視覚化」です。
| ルーチン化 | 毎日決まった順序で行動するよう決めてしまうこと |
|---|---|
| 視覚化 | やることを目に見える形(リスト・表・図・色分けなど)にすること |
- ① 起床 → ② 洗顔 → ③ 朝食 → ④ 薬の服用 → ⑤ 荷物チェック
- 荷物チェックは、玄関にチェックリストを貼り、指差し確認をする
- デスクの前にその日のToDoリストを貼る
- 進捗に応じて「未着手/進行中/完了」を付箋で動かす
- 色分け(赤=今日必須、黄=今週中、緑=できれば)を使う
このように、「頭の中で覚えておく必要がない状態」を作ることで、ワーキングメモリへの負担を減らすことができます。
家族・教育現場でできる記憶サポート

家庭での支援:責めるより「一緒に仕組みを作る」
ADHDをもつお子さんの場合、家族の理解とサポートが非常に重要です。
「どうして覚えられないの?」と叱るのではなく、「どうすれば忘れにくくなるか、一緒に工夫しよう」という姿勢が、お子さんの自己肯定感を守ります。
- 毎日のスケジュール(起床、食事、宿題、入浴、就寝など)を「見える形」で示す
- 宿題や明日の準備は、親子で「チェックリスト」を確認しながら行う
- 忘れ物があったときは、性格ではなく「仕組み」の問題として一緒に振り返る
学校での工夫:見える支援と段階的な指示
学校や塾などの教育現場でも、少しの配慮でADHDのお子さんの負担を大きく減らすことができます。
- 口頭の指示は、板書やプリントでも提示する
- 複雑な課題は、「①プリントを出す → ②名前を書く → ③問題1〜3を解く」など、段階的に分けて説明する
- 座席を前方にする、周囲の刺激を減らすなど、注意を向けやすい環境にする
- テストや課題の時間配分を工夫したり、必要に応じて合理的配慮を検討する
家庭と学校が連携し、「どの場面で、どんな支援があるとやりやすいか」を共有することも大切です。
食事・睡眠・生活習慣と記憶機能
脳の働きを支える生活習慣
記憶力や集中力は、生活習慣の影響を強く受けます。
ADHDの有無にかかわらず、次のような習慣は、脳の働きを整えるうえで重要です。
- 十分な睡眠(成長期の子どもは特に重要)
- 1日20〜30分程度の有酸素運動(ウォーキングなど)
- 栄養バランスのよい食事
特に、以下の栄養素は脳の健康を支えると言われています。
| オメガ3脂肪酸 | 青魚、ナッツ類、亜麻仁油など |
|---|---|
| 鉄分 | 赤身肉、レバー、ほうれん草など |
| ビタミンB群 | 豚肉、魚、卵、大豆製品など |
| ビタミンC・E | 野菜・果物・ナッツ類など |
これらをサプリメントだけに頼るのではなく、基本は「食事全体のバランス」を整えることが重要です。
ADHDと記憶に関するよくある誤解

「記憶力が悪い=ADHD」ではない
記憶力の低下はADHDの一つの特徴ではありますが、「記憶力が悪い人はみんなADHD」というわけではありません。
記憶がうまくいかない原因には、次のようなものもあります。
- 睡眠不足・昼夜逆転
- 強いストレスや不安、うつ状態
- アルコールや薬物の影響
- 加齢に伴う認知機能の変化
そのため、「物忘れが増えた=ADHD」と自己判断するのではなく、気になる場合は専門医の評価を受けることが大切です。
ADHDとIQ(知能)の関係
ADHDとIQ(知能指数)に、直接的な因果関係はありません。
実際には、平均的なIQをもつ方も、高いIQをもつ方も、ADHDの診断を受けることがあります。
知的能力が高くても、注意やワーキングメモリの困難によって、本来の力を発揮しづらい場合があり、「能力はあるのに成績や評価が安定しない」という形で現れることもあります。
周囲からの期待と現実とのギャップが自己否定感につながることもあるため、本人の特性に合った支援が重要です。
医療機関で相談した方がよいケース
次のような場合には、一度、精神科・心療内科・児童精神科などで相談されることをおすすめします。
- 物忘れやミスが多く、仕事・学業・対人関係に大きな支障が出ている
- 小さいころから不注意・多動性・衝動性の傾向があり、生きづらさを感じてきた
- ご家族や学校から、発達面について心配されている
- 自分なりに工夫しても困りごとがあまり改善しない
医療機関では、問診や心理検査などを通して、発達特性や併存する心の問題の有無を総合的に評価します。
必要に応じて、薬物療法・心理社会的支援・環境調整のアドバイスなどが行われます。
まとめ|「覚えられない自分」を責めないために

ADHDでは、注意のコントロールやワーキングメモリの特性により、「記憶のつまずき」が起こりやすいことが知られています。
これは決して怠けや性格の問題ではなく、脳の働き方の違いによるものです。
メモやデジタルツールの活用、ルーチン化・視覚化といった「仕組みで補う工夫」を取り入れることで、日常生活や仕事・学業での負担を大きく減らすことができます。
一人で抱え込まず、必要に応じて家族・学校・職場・医療機関と連携しながら、自分に合ったやり方を一緒に探していくことが大切です。



