当クリニックには、発達特性をお持ちの大人の患者様がご来院されます。中には「自分に発達障害があるかどうか知りたい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。お話を聞くと、よく失敗してしまったり、人間関係でトラブルがあったりした経験を教えてくれます。さらに詳しく聞いていくと、うつや不安などの症状も出ていることが多いです。
今回は、そうした大人の発達特性のある患者様の中でも、特に「不注意型ADHD」という、集中力に困難がある方への薬による治療について、ご説明させていただきます。この種の薬剤は比較的高価で一般的ではないため、「自分にはどのような薬が処方されるのか」と不安を感じられる方もいらっしゃいます。
当クリニックでは、ADHDの薬物療法に関してこのような考え方を持っております。患者様のご不安が、少しでも和らぐことを願っています。
ADHD治療における薬物療法の役割
ADHDとは、注意力の欠如と過剰な活動性・衝動性を主症状とする発達特性の一種です。その発症原因は完全には解明されていませんが、脳内の神経細胞間の情報伝達を促進する薬剤を用いることで、症状が改善されることが分かっています。
薬物療法は治療全体の一部を担うものです。環境調整や行動療法的アプローチなどの「心理社会的介入」と組み合わせて実施されます。一般的にADHDの治療では、心理社会的介入が最優先で検討されますが、これらの取り組みだけでは生活上の改善が見られない場合に、薬物療法が選択肢として加わってくるものです。
薬物治療を開始する際の判断基準
ADHD治療における薬の使用は、日々の生活において医薬品が実際に必要かを慎重に判断する必要があります。その際の一つの基準として役立つのが、GAF(全体的機能評価尺度)です。この評価尺度では、患者様の精神的な症状の深刻さや社会的、職業的機能の程度を数値で示し、総合的に評価します。
特にGAFスコアが60以下、つまり中等度以上の機能障害が見られる場合(例:対人関係での葛藤が多い、友人が少ないなど)、薬物療法の導入が考慮されることがあります。
主要なADHD治療薬の概観
この部分で、ADHDに対する主要な治療薬について解説します。
現在、ADHD治療に用いられる主な薬剤は以下の4つです。
- コンサータ
- アトモキセチン(ストラテラ)
- インチュニブ
- ビバンセ
ビバンセについては、依存性のリスクが指摘されることがあるため、採用していません。主にこれら3つの薬で治療を行っています。
これらの薬剤は、ADHDの症状を緩和する目的で共通して使用されますが、それぞれに微妙な特性の違いがあり、患者様の状態に応じて適切に選択・使用する必要があります。それぞれの特性について詳しく説明します。
コンサータ
コンサータは、ADHD治療において重要な選択肢の一つです。この薬剤は脳内のドーパミン量を増加させることで作用し、脳の覚醒レベルを向上させADHD症状の改善を図ります。特に注意力散漫や思考の混乱、モヤモヤ感の軽減に効果的です。
ただし、脳の興奮を高める性質があるため、稀に不安感の増強や躁状態を引き起こす可能性があります。そのため、双極性障害や不安障害を併発している患者様には推奨されません。
コンサータの特徴として、即効性があり、効果がすぐに現れることが挙げられます。これにより、仕事がある日のみ服用し、休日は休薬するなど、柔軟な使用方法が可能です。ただし、厳格な管理下にある薬剤であるため、認定された医療機関でのみ処方可能で、処方の度に登録が必要となるなど、若干の不便さを伴います。
アトモキセチン(ストラテラ)
アトモキセチン、商標名ストラテラは、脳内ノルアドレナリンの量を増やすことでADHDの症状を緩和します。この薬剤の特徴的な効果として、過度の集中(過集中)状態から注意を解放し、視野を広げる作用があると言われています。不安症状の軽減に有効であり、うつ病や双極性障害を併発しているケースでも安全に使用可能です。
効果の発現には時間がかかり、通常1〜3ヶ月程度の期間を要します。服薬開始初期に吐き気や食欲低下などの副作用が現れることがあるため、少量から開始し、徐々に増量していく方法が一般的です。
インチュニブ
インチュニブはα2Aアドレナリン受容体を活性化させることで、多動性や衝動性の改善をサポートします。この薬は前頭葉の機能を向上させ、情緒の安定にも寄与します。怒りや衝動が手に負えない場合、特に推奨される治療薬です。口答えや人間関係のトラブルが頻発する状況においても効果を示します。
インチュニブは即効性があり、効果がすぐに現れますが、服薬開始時には眠気や血圧低下(元々は高血圧治療薬として開発された)が起こる可能性があります。そのため、少量から開始し、徐々に増量して最適な用量を見つけていく必要があります。
不安障害などの併存症がある場合でも使用しやすい薬剤ですが、「ピタッとはまる」と表現されるほど効果的な一方で、ジェネリック医薬品がなく薬価が高いという課題があります。そのため、医療費の助成制度の利用をお勧めします。
ADHD治療へのパスウェイ
来院される患者様が「もしかしてADHDかも?」と感じる症状は多岐にわたります。例えば、以下のような課題が挙げられます。
時間の管理が苦手、頻繁にミスを犯す 勘違いや誤解が多い 指示に従えない、同じ誤りを繰り返す 人間関係がこじれやすい 片付けや整理が苦手 これらはADHDの特徴的な行動と見えることがありますが、すべてのケースでADHDが原因とは限りません。たとえば、状況に衝動的に反応する場合はADHDの可能性がありますが、細部に対する異常な拘りは自閉症スペクトラム(ASD)の特徴かもしれません。そのため、診断には慎重を期し、他の精神疾患やASDとの鑑別を行います。
治療薬の選択に至るまでの手順は以下の通りです。
- 相談内容の詳細な聴取
- ADHDのタイプに応じた分類
- 適切な薬剤の選定
話を聴く(困りごとを把握する)
患者様の話を聴く際には、「どのような場面で」「何が原因で」「同じような行動が他にいつ起きるか」を詳細に把握することが重要です。このアプローチにより、行動パターンや背景を理解しやすくなり、症状の特定や治療計画の立案が容易になります。
ADHDの特徴を識別する
ADHDの主な症状は「不注意」と「多動・衝動性」です。大人になると自発的な思考や行動が期待されるため、多動・衝動性よりも不注意が目立つようになります。このため、治療薬を選択する際は、不注意の種類に焦点を当てます。不注意の原因は、以下の4カテゴリーに分類されます
- 覚醒度が低い:しばしばボーッとしていて、見落としが多く、何かを始めるのに時間がかかる。
- 関心のないことに集中できない:しばしば空想にふけったり、気が散る。
- 多方向集中:周囲のさまざまな事象に気が向き、一点集中が困難。
- 集中過多:一つの事象に過度に没頭し、周囲の状況を見落とす。
薬剤選択と処方のプロセス
ADHDの不注意のタイプに合わせて適切な薬剤を選択します。治療薬が効果を示さない場合には、薬物療法の中止を検討し、それ以外の治療薬の併用も考えます。特に、情緒安定剤(気分の波を安定させる)や抗精神病薬(過剰な興奮を抑える)の導入も検討します。
1.覚醒度の低さに対する処方
この状態では、脳の集中力や計画性を司る部位が不十分に機能している可能性があります。そのため、覚醒を促進するコンサータの使用が考慮されます。
2.興味のない対象に集中できない場合
このタイプの不注意に対しては、関心を引き出すための介入が有効です。対象への関心を引き出し、注意を持続させるためのサポートを提供します。
3.多方向集中
適切な集中を促すため、インチュニブが有効です。気持ちが穏やかな場合にはコンサータが選択されることもありますが、不安や刺激反応が強い場合はインチュニブが推奨されます。インチュニブは感情の安定にも効果があります。
4.過剰集中
注意の幅を広げるために、アトモキセチン(ストラテラ)が選ばれることが多いです。この薬は集中の強度を調整し、より広範な視野を提供する助けとなります。
ADHD治療薬の適切な使用と注意点
ADHD治療薬は症状を一時的に抑制するものであり、根本的な治癒を目的としていません。このため、薬との賢い付き合い方を学ぶことが重要です。薬物に頼り続けることで依存や耐性が生じるリスクがあるため、服用のタイミングや副作用について医師と十分に話し合い、最適な治療法を選ぶことが必要です。
誤って薬の服用を忘れたり、自己判断で治療を中止することは、症状の悪化につながる可能性があります。このような判断を行う際には、医師と相談し、その指導に従うことが重要です。
治療薬選択の要点
この記事では、特に不注意型ADHDに対する治療薬の選択に焦点を当てています。
各薬剤はADHDの症状に対して効果的ですが、個々の特性や患者様の状況に応じた使い分けが求められます。治療方針を決定する上で、患者様からの詳細な説明が不可欠です。医師は患者様の話を丁寧に聞き、その症状の特徴を理解することで適切な薬を選びます。
よくある質問
- Q.ADHD治療薬はどのように選ばれますか?
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ADHD治療薬は、患者様の具体的な症状や生活状況に基づいて選ばれます。医師は、詳細なカウンセリングを通じて患者様の話を聞き、不注意や多動・衝動性のタイプに応じて最適な薬を選びます。コンサータ、ストラテラ、インチュニブなどの薬剤が使われ、それぞれに特定の効果があります。
- Q.ADHD治療薬の使用にはどんな注意点がありますか?
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ADHD治療薬は一時的に症状を抑えるものであり、根本的な治療を目的としていません。薬の依存や耐性が生じるリスクがあるため、医師と相談して最適な服用方法を決めることが重要です。薬の服用を自己判断で中止したり、飲み忘れた場合は、医師の指導を仰ぐ必要があります。
- Q.ADHD治療薬の効果が出るまでにどれくらいの時間がかかりますか?
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ADHD治療薬の効果が現れるまでの時間は薬剤によって異なります。コンサータは効果が速やかに現れますが、ストラテラの場合は効果が出るまでに1-3ヶ月かかることがあります。インチュニブも効果は比較的早く現れますが、初期には眠気や血圧低下が見られることがあります。医師の指導のもとで適切に服用し、効果を見極めることが大切です。