発達障害と「嘘」は本当に関係あるのでしょうか
「発達障害のある人は嘘をつきやすいのでは」と疑問を持たれることがありますが、このように一括りに捉えるのは適切ではありません。
発達障害は脳機能の特性によって、コミュニケーション、注意の向け方、感情や行動のコントロールに偏りが出ることがあり、その結果として事実と異なる発言が生じ、周囲から「嘘」と受け取られることがあります。
とくにADHD(注意欠如・多動症)では、不注意や衝動性がみられやすく、考える前に言葉が出てしまうことがあります。
ASD(自閉スペクトラム症)では、相手の気持ちや場の空気を読み取ること、伝え方を調整すること、社会的なやり取りのニュアンスをつかむことに難しさがみられる場合があります。
そのため、本人に悪意がなくても、言い訳のような発言、事実関係の混同、説明の食い違い、とっさの取りつくろいが起こることがあります。
大切なのは、「嘘つき」と決めつけるのではなく、その言動の背景にどのような困りごとがあるのかを丁寧に見ていくことです。
発達障害で「虚言に見える言動」が起こる主な背景
発達障害のある方にみられる事実とのずれは、一般的な意味での「人をだますための嘘」とは異なることが少なくありません。
背景には、発達特性による認知や行動の偏りが関係していることがあります。
主な背景として、次のようなものが考えられます。
- 衝動性が強く、考える前にその場しのぎの発言をしてしまう
- 不注意や記憶のあいまいさによって、事実を正確に振り返りにくい
- 不安が強く、叱責や失敗を避けようとして説明を変えてしまう
- 自分の気持ちをうまく言葉にできず、結果として不正確な伝え方になる
- 相手にどう伝わるかを想像することが難しく、誤解されやすい表現になる
ADHDでは、とくに衝動性や注意のばらつきが対人関係のトラブルにつながることがあります。
ASDとADHDが併存する場合には、社会的コミュニケーションの難しさと衝動性が重なり、会話の中断、説明の飛躍、事実確認の甘さが起こりやすくなることも報告されています。
「悪意のある嘘」との違い
発達障害に関連する言動では、本人が相手を積極的に操作しようとしているとは限りません。
むしろ、困った状況から逃れたい、不安を減らしたい、うまく説明できない、といった切迫感の中で発言していることがあります。
発達障害による言動と、意図的な嘘には次のような違いがあります。
| 観点 | 発達障害で虚言に見える言動 | 悪意を伴う意図的な嘘 |
|---|---|---|
| 主な背景 | 衝動性、不注意、説明の苦手さ、不安の高さ | 利益の獲得、責任回避、他者操作 |
| 本人の認識 | うまく説明できていない自覚が乏しいことがある | 事実と異なることを承知していることが多い |
| 対応の基本 | 責めずに整理し、伝え方を一緒に学ぶ | 境界線を明確にし、行動の責任を確認する |
発達障害と混同されやすい精神疾患・パーソナリティ症
「虚言が多い」と感じられる場合、発達障害だけで説明できないこともあります。
とくにパーソナリティ症や作為症などでは、事実と異なる訴えや、周囲との関係の持ち方に特徴がみられることがあります。
ただし、ここで重要なのは、発達障害とパーソナリティ症は別の概念である点です。
同じ人に複数の課題が併存することはありますが、ASDやADHDがあるからといって、必ずしも演技性パーソナリティ症や反社会性パーソナリティ症につながるわけではありません。
演技性パーソナリティ症
演技性パーソナリティ症では、注目を集めたい気持ちが強く、感情表現が大きく、話を誇張する傾向がみられることがあります。
周囲から関心を向けられないと不安定になりやすく、劇的な語り方が目立つことがあります。
反社会性パーソナリティ症
反社会性パーソナリティ症では、他者への影響を十分に考えず、自分の利益のために欺きや操作的な行動をとることがあります。
他者の権利や結果を軽視するパターンが特徴とされています。
妄想性パーソナリティ症
妄想性パーソナリティ症では、強い不信感や疑い深さが続き、十分な根拠がないまま「傷つけられる」「だまされる」と確信してしまうことがあります。
そのため、本人は真実だと信じて話していても、周囲には事実と異なるように見える場合があります。
作為症(虚偽性障害)
作為症は、明らかな外的報酬がないにもかかわらず、身体症状や心理症状を偽ったり作り出したりする状態です。
いわゆるミュンヒハウゼン症候群として知られることがありますが、現在は作為症という診断概念で扱われます。
| 疾患・状態 | 主な特徴 | 発達障害との違い |
|---|---|---|
| ASD・ADHD | 衝動性、不注意、社会的コミュニケーションの難しさ | 発達特性が中心で、だます意図が主ではないことが多い |
| 演技性パーソナリティ症 | 注目を求め、話を誇張しやすい | 承認欲求や対人パターンが中心 |
| 反社会性パーソナリティ症 | 他者軽視、欺き、操作性 | 利益目的や他者操作が目立つ |
| 妄想性パーソナリティ症 | 強い不信感、被害的な解釈 | 本人は事実だと信じていることがある |
| 作為症 | 症状の偽装、病者役割の獲得 | 外的利益が明確でない点が特徴 |
※参考:Factitious Disorder Imposed on Self – Psychiatry – Merck Manual Professional Edition
発達障害のある方にみられやすい対人面の特徴
発達障害のある方は、周囲から性格の問題と誤解されやすいことがあります。
しかし実際には、認知のしかたや情報処理の特性が関係している場合があります。
たとえば、相手の気持ちを推測することが苦手で、結果として配慮に欠けるように見えることがあります。
また、自分の考えを切り替えるのが難しく、頑固に見えたり、ひとつのことに集中しすぎて周囲への注意が向かなくなったりすることもあります。
このような特徴は、「自己中心的」「空気が読めない」と批判される原因になりがちです。
しかし、特性を理解したうえで環境調整やコミュニケーション支援を行うことで、対人関係の負担を減らせる場合があります。
ASDのある方に向いている仕事・合わない仕事
ASDのある方は、得意なことと苦手なことの差が大きいことがあります。
そのため、仕事内容そのものよりも、職場環境や業務の進め方が合っているかどうかが重要です。
向いている仕事の特徴
比較的向いていると考えられるのは、ルールや手順が明確で、見通しが立てやすく、一人で集中しやすい仕事です。
たとえば、プログラミング、研究・分析、デザイン、データ入力、文章作成などは、特性が活かされやすい場合があります。
負担になりやすい仕事の特徴
一方で、臨機応変な対人対応が多い仕事、同時進行が多い仕事、感覚刺激が強い職場は、疲れやすさにつながることがあります。
営業、接客、コールセンター、突発対応の多い現場業務などは、負担が大きくなることがあります。
| 仕事選びの視点 | 確認したいポイント |
|---|---|
| 業務の明確さ | 手順や役割が明文化されているか |
| 対人負荷 | 雑談、交渉、クレーム対応が多すぎないか |
| 感覚面 | 音、光、人混みなどの刺激が強すぎないか |
| 支援体制 | 上司への相談、配慮、ジョブコーチ利用の可否 |
周囲はどのように対応すればよいのでしょうか
発達障害のある方の発言に事実とのずれがあったときは、すぐに「嘘」と決めつけて追及しないことが大切です。
まずは安心して話せる雰囲気をつくり、いつ、どこで、何があったのかを一緒に整理していくことが役立ちます。
対応のポイントは次の通りです。
- 頭ごなしに否定しない
- 曖昧な質問ではなく、具体的に確認する
- 叱責よりも、どう伝えればよかったかを一緒に考える
- 必要に応じてメモや予定表など視覚的な補助を使う
- 家族や学校、職場だけで抱え込まず、専門機関に相談する
言葉の行き違いが続く場合や、対人関係の破綻、就労上の支障、強い不安や抑うつがある場合には、精神科・心療内科や発達障害の相談機関に相談することが勧められます。
厚生労働省は、就労支援や地域支援の仕組みとして、ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターなどを案内しています。
まとめ
発達障害のある方が「嘘をついている」と見える場面には、衝動性、不注意、社会的コミュニケーションの難しさ、不安の強さなどが背景にあることがあります。
重要なのは、言動だけを切り取って評価するのではなく、その背景にある特性や困りごとを理解し、適切な支援につなげることです。
また、虚言が目立つ場合には、パーソナリティ症や作為症など別の病態が関係している可能性もあります。
本人や家族が抱え込まず、必要に応じて専門医へ相談することが、よりよい理解と対応につながります。
参考文献・出典
- American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision (DSM-5-TR)
- World Health Organization. ICD-11(International Classification of Diseases 11th Revision/国際疾病分類)
- 厚生労働省「発達障害の理解のために」
- 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
- Barkley RA. Attention-Deficit Hyperactivity Disorder: A Handbook for Diagnosis and Treatment



